この記事を特におすすめする人
・中国語に興味がある人
・語学学習のモチベーションをもっと高めたい人
・中国語を始めたきっかけや体験談を知りたい人
僕が中国語にハマった理由を話します
今回は、いつもと少し違う話をします。
「なぜ中国語を始めたのか」「なぜ続けられたのか」という、僕自身の体験談です。
以前の記事でNHK中国語講座をおすすめしたり、日本人が中国語を学ぶアドバンテージについて書いてきました。


でも、そもそも「どうして中国語をそこまでやったの?」という話をまだしていなかったなと。
結論から言うと、運が良かった!ものすごく。
良い先生と、良い友達に出会えた。それに尽きるんですよね。
中国語で言うところの良师益友です!
魯迅の「藤野先生」を知っていますか
少し遠回りになりますが、一つだけ紹介させてください。
中国の作家、魯迅。「故郷」は国語の教科書にも載っていることが多いので、名前を聞いたことがある人は多いと思います。
その魯迅の作品に「藤野先生」があります。
魯迅が日本に留学していた頃、仙台の医学校で出会った藤野厳九郎という先生の話です。
当時、中国人留学生に対する風当たりは決して優しくなかった時代。そんな中で藤野先生は、魯迅のノートを毎週丁寧に赤ペンで添削してくれたんですよね。聞き取れなかった講義内容を書き加え、文法の間違いまで直してくれた。
魯迅はこの先生のことを、生涯「最も自分を感激させ、励ましてくれた人」と書いています。
藤野先生から贈られた写真を、魯迅はずっと自分の書斎に飾り続けたそうです。
なぜこの話をしたかというと、僕にも「藤野先生」がいたからです。
もちろんスケールは全然違います。でも、「一人の先生との出会いが、語学の人生を変える」という意味では、僕は魯迅の気持ちがほんの少しだけわかるような気がしているんです。
中国語に「良師益友」という言葉があります。良い先生と良い友、という意味です。
僕の中国語人生は、この言葉通りでした。
もともとはありきたりな理由。
僕は法学部でした。中国語の専攻でもなんでもありません。
大学の第二言語として中国語を選んだだけです。
1年間、単位を取れば卒業要件を満たせる。最初はその程度の認識でした。
ただ、中国語を選んだこと自体には理由がありました。
もともと中国という国に興味があったんですよね。当時から経済成長の勢いがすごくて、「これから中国はもっと大きくなる。中国語ができたら色々役に立つんじゃないか」と思っていました。
まあ、これは多くの人が思う一般的な理由です。
でも、ここから先は「運」の話になります。
僕にとっての「藤野先生」
僕の大学の中国語の授業には、日本人の先生と中国人の先生がそれぞれいました。
中国人の先生はとても親切で優しい方でした。
そして日本人の先生。この先生との出会いが、僕の中国語人生を大きく変えたんです。
一つ、今でも忘れられないエピソードがあります。
中国語って「簡体字」を使うんですが、日本の漢字と微妙に形が違うんですよね。形が違うと、当然書き順もわからない。
で、僕、授業が終わった後に先生のところに行って、こう言ったんです。
「先生、簡体字の書き順がわかりません。何なんですかこれ?」
今思えば、先生に言ったところでどうしようもないこと。教科書に書いてあるわけでもないし、先生に文句を言っても仕方がない。
でも先生はふむふむと聞いてくれて、その場はそれで終わりました。
そしたら翌週、授業の後に僕が呼び止められたんです。
「これ、中国語の書き順まとめたやつだよ」
参考書か何かから、数十ページ分コピーしてきてくれたんですよね。
これはすごいなと思いました。
授業後にふらっと言いに行ったことを、ちゃんと覚えていて、わざわざ資料を探して、コピーして、持ってきてくれる。その手間をかけてくれたこと自体が、ありがたかったんです。
しかも後から知ったんですが、その先生は当時、センター試験(今の大学入学共通テスト)の中国語の問題作成委員に選ばれていて、会議や出張でかなり忙しかったそうなんです。これは官報で公表されている情報なので書いても問題ないんですが、あの忙しさの中でわざわざ一学生のために資料を用意してくれていたのかと。
後からそれを知って、本当にありがたいことだったなと思いました。
魯迅のノートを毎週添削した藤野先生と、学生の何気ない一言を覚えていて数十ページの資料をコピーしてきてくれた僕の先生。
やっていることのスケールは違うけど、「学生のために手間を惜しまない」という姿勢は同じだったと思っています。
この先生がいたから、僕は2年目もその先生の授業を取りました。
これは中国語をきちんと勉強しようという確かなきっかけでした。
初めて話した中国人と、6時間ぶっ通しで喋った
もう一つ、僕が中国語にハマった大きなきっかけがあります。
言語交換で初めて会った中国人の人が、めちゃくちゃ面白かったんです。
その人は日本語がわりと話せる人で、言語交換としてお互いの言語を教え合おうということで会いました。
初回ですよ。初めて会った日。
お昼の12時に会って、気づいたら夕方。
だいたい6時間!
ぶっ通しで喋りました。これがめちゃくちゃ楽しかった。
何を話していたかというと、僕はその人が野球のルールをまったく知らないことがわかったので、主に野球の話をしていました。
「ここが面白いんだよ」「このルールがすごいんだよ」って、結構な時間ずっと語っていたんですよね。
で、向こうは何を話していたかというと、幽霊の話です。
「中国では幽霊はいないと思っていたんですけど、日本にはいますね」
みたいなことを真顔で言っていて。いや、日本にも普通はいないんだけど。
正直、よくわからない話も多かったんですが、とにかく面白い人だったんです。
ちなみにその人は今、元気に弁護士をしています。
その人は本当に良い人で、僕が北京に短期留学していたときも、実家に帰省しているタイミングでわざわざ電話をかけてきてくれたりしました。とにかく面倒見が良くて、話が面白くて、愉快な人だった。
つまり何が言いたいかというと、最初に出会った中国人がこの人だったおかげで、僕の中国人に対するイメージがめちゃくちゃ良くなったんですよね。
最初に出会う人って、本当に大事です。
その人の印象が、その国や言語全体のイメージを作ってしまう。僕の場合は最高の出会いだったので、中国語をもっと学びたい、もっと中国人と話したいという気持ちがどんどん大きくなっていきました。
そして留学へ
良い先生に出会い、良い友達に出会い、僕はどんどん中国語にのめり込んでいきました。
2年目の授業を取り終えた頃には「もっと現地で使ってみたい」ということで、夏休みを使って北京に語学研修に行きました。これは遊び散らかしまたね。めちゃくちゃ楽しかった。
その後、台北にも留学しました。
こんな感じで中国語にどハマりして、北京と台北に飛んでいる。
自分でも不思議なんですが、こうなったのは間違いなく、あの先生と、あの6時間の言語交換がきっかけです。
まとめ:良い出会いが、語学の人生を変えた
こんな感じで僕の場合は、「人との出会い」で中国語を勉強することになったなと思っています。
良い先生に出会えるか。
楽しく話せる相手に出会えるか。
この2つが揃ったとき、語学は「勉強」から「楽しいこと」に変わります。
魯迅にとっての藤野先生がそうだったように、たった一人の先生が、人生の方向を変えることがある。そしてたった一人の友達が、異国の言語を「自分ごと」に変えてくれることがある。
今はNHK講座もあるし、言語交換アプリもあるし、良い出会いを自分から探しにいける時代です。運は引き寄せるモノ!
そのうち、僕が実際にやってきた言語交換の始め方や、良い相手の見つけ方について書いてみようと思います。
ここまで読んでくれたあなたは、きっと語学に対して「ちゃんと向き合いたい」と思っている人だと思います。中国語の世界は、人との繋がりでどんどん面白くなりますよ!